落ち椿に…

すっかり春!今日は快晴、春の陽光に野も山も海もひねもすのたりかな・・・です。
もうすぐ青山の展示会でアトリエに籠りっきりの日々、仕事ってやり出すときりなくいろんな所が見えてくる。
以前上手く行かなって止めたままの中途なものを取り出してまたトライ!
すったもんだしながらそれなりに収めて「どうにかなった、どお?」
すんなり新しい素材でやれば簡単なのに出来なかった所に引っ掛かって遠回り。
だから夢中になって・・・春なのに終日家の中です。
窓に目をやれば家の周りに植わってる幾種類もの椿が最後の花を咲かせて庭の細い通路は花の道。

幼い頃、何処だったか思い出せないけど祖母と二人湯治場の宿に行った事がありました。
その近くに住む友人を訪ねるため、祖母が私の手をひいて垣根の続く道を歩いて行きました。
ある角を曲がった途端、その美しい光景に私は息を飲み立ち尽くしました。
細い路地いっぱいに真っ赤な落ち椿で埋め尽くされていたのです。
四、五歳の頃のあの衝撃的な「美」が舞い降りた瞬間を今でも鮮明に思い出します。
あれからどんな時間を過ごしたのか、宿に帰り着くまでその情景が私を捉えていました。
帰り道、滞在していた宿に近づいて祖母が指をさしました。
「Y、あれはお前がしたんだよ。」仰ぎ見る宿の二階には私がおねしょした布団が干してありました。
美しい椿が何時までも私の頭をぐるぐる回っていたのに、突然の祖母のこの言葉で現実に引き戻されたのを思い出します。
私の初めての「美」の意識はその不名誉な布団とセットになっているようです。

またちょうど今頃、小学校を終えて4月から中学生という春…
兄の部屋にこっそり入って何かしら物色しながら本棚に目が留まりました。
そこにひと際目を引く赤い布表紙の本が一冊あったのです。智恵子抄でした。
まだ私のような子供が見てはいけない何か・・・おそるおそる開いてページを捲りました。
少し黄ばんだような紙に贅沢に刻印された文字、その言葉の簡潔な美しさ。
そしてそこに漂う悲しく美しい世界・・・陽が落ちるまで私はそこに佇んだまま何度も読みふけりました。
今までの子供らしい世界がぽんとどこかに飛んで、私は急につま先立ちで歩くような・・・
子どもの世界に別れを告げたような気分でした。
中学校に入って最初の遠足、その帰りのバスの中で回ってきたマイクに向かって私はその「レモン哀歌」を暗唱したのです。
歌で弾んでいた空気がすっかりしらけ、シーンとなってしまったのをお構いなしに
私はとうとうと「そんなにもあなたはレモンを待っていた…」と暗唱しました。
そんななりきりは昔から私の十八番です。
あれから文字の向こうに深く美しい世界があるのを知りました。
休み時間、皆と追いかけごっこもやるくせにその時の気分で独り図書館で詩句に読みふける・・・
子どもから少女への羽化の時代・・・あっち行ったりこっち行ったりませたはねっ帰りが私の思春期です。

そうしてこうして・・・夫と暮らし始めこの3月で46年目に突入です。
あの頃から私、基本あまり変わってはいません。
変わったとすればそんな自覚症状を認識できるようになったぐらいで、後は「だから何?」と開き直りの人生です。
夫の方もしかり・・・こんな我がまま男、だれも一緒に暮らせやしない!とうそぶいてみても所詮同じ穴の狢、割れ鍋に綴じ蓋でしょう。
私達がもう70世代に突入というものの悟らず・・・今も二人出会った頃とそう変わりはない。
同じアトリエで彼が鼻歌あるいはすったもんだしながら絵を描いて、私は遊びやせんと仕事?してるかな。
互いに「あと十年あるかな?」なんて言いながら生きてる事の面白さを未だ楽しんでます。
ただ今までの時間と多少違うのは終わりを意識してこの一年一年を愛しく大事にしていきたいと思い始めました。
「描きたい絵」を残せるか・・・そう意識している彼とは立ち位置が違うのかも知れないけど
私は見知らぬ街を彷徨い、身近にいる人や出会った人々とそこに醸し出された愛を啄んできた・・・それだけで充分な気がします。
(だからもう充分なのかも・・・と言いながら能天気にまだ旅を夢想します!)

机横の縦長の窓から大きな春の空が広がっています。目の前の赤崩の山に山桜の一番が咲きました。
世界でいろんな事が起きたけど、また起きるけれど・・・緑の地球にまた春がやって来ます。

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