秋雨に・・・

慌ただしい夏が去って、ひそやかに秋が舞い降りてきました。

にょきにょき赤い曼殊沙華が終わればもうすっかり秋の気配・・・ホトトギスに水引そして萩が咲き乱れています。

衝撃だった友人の体調も嘘のように良好、産後の日も晴れて娘一家が退去した家は元の静けさを取り戻し・・・

猫のミュウミュウも何時ものソファでうたたね。

あれから家中を片っ端から片付け始め、今ようやく元の二人と一匹の生活に!広々としてるなぁ。

この片付けはアトリエまで及びます。日頃気になりながら忙しさに着手できていなかった私と夫のアトリエ⁈

そう、この家を設計した段階では念願の「夫のアトリエ」のはずでした。

海辺に家を建てよう!いろんなしがらみに決別し、私達一家の想いをのせて私が線を引きました。

「出来るだろう?やってもみないのに出来ないって言えないだろう!」

家の設計なんて・・・何時も彼の無理難題、この強引さで前に体を張って駒を進めるのは私です。

そのお陰で強くなりました。何でも出来るようになりました。夫のお陰です⁈

彼の注文通り北側のアトリエの半分は5メートルの高さを取り、片面を全部書棚にして二人集めた趣味の蔵書も収まりました。

この家に越してきて、そのお陰で設計依頼が飛び込んできて・・・

私は請われるまま家の設計をするようになり、あれから家を創るという壮大な遊びに熱中させて頂きました。

子供らが出払った後、リビングの大きなテーブルが私の仕事場?です。

この海辺の家で私は私を取り戻し、彼にとってはだんだん操縦不能な女に変貌を遂げていきました。

そして次の夫からの難題は「絵に専念するから仕事は辞める。今度はあなたが食わして・・・」です。

(この贅沢男をどう食わして行こう・・・)

けれどそこは女の意地!涼しい顔して「いいよ」と言って今度は帽子へと駒?進めてきたんだ。

お陰でまた楽しい人生になりました。

この家が出来た頃撮った写真が一枚・・・壁一面に絵を並べたアトリエでキャンバスに向かってる夫の写真です。

眉根を寄せ彼が絵に向かってる・・・その空気が好きで私は時おりこそっと覗き見しました。

あれから帽子制作のため、夫のアトリエの片隅をちょっとお借りして…が、今や私の膨大な材料や道具が半分を占めてしまいました。

婿殿の怒りごもっとも!はい、全部あなたのアトリエよ!と渡してあげたいけど・・・けれど私の道具も材料も減らしようがない!

この十五年、ずっとそれが気がかりにはなっていたのです。

もう娘達も帰って、このコロナ禍で仕事を休んでる”今”でなくっちゃ出来ないと、

私は膨大なキャンバスと私の材料と本と棚をパズルのように動かし始めました。

彼が映画を観てる間に一気に作業に取り掛かり・・・

まずは自分の材料を空いてる子供部屋に移し棚を空け、今度は棚々の移動・・・汗だくで夕方には大雑把に完了。

翌日、板に金具を購入、鋸とトンカチで空いてる空間三か所に棚を取り付けてフィニッシュです!

大きな棚を夫に譲り、夥しいキャンバスを収納!ようやく広くなったアトリエ・・・早速夫と何時もの喧嘩して、さぁ何時仕事開始でも準備万端です!

さてさてさて・・・そんな夫と暮らし始め何ともうすぐ半世紀!

絵描きという自分を今それなりに咀嚼しキャンバスに向かう夫、未だに旅を彷徨う妄想に耽る自分…互いに70を越えました。

幾つになっても私は悟らず・・・覚醒前、淡雪のように夢が溶け崩れる瞬間に現れる異国の街角や見知らぬ路地…

まだ明けやらぬ暗がりの中で「今ここは何処だろう?」そんな時間が相変わらず美味しいと思い・・・

夫の方も昼寝のソファの横に映画雑誌を積み重ねてはまどろんでいます。

朝のニュースで世の理不尽に憤り、そして本を捲り良い映画観てアトリエに遊び・・・何はなくとも夜は酒の肴を並べ楽しむ!この喜びは未だ現役です。

もちろん元気な限り仕事して各地を彷徨い歩くつもり!彼も絵を描き続けるでしょう。

けれどこんな暮らし、あと10年はないな・・・と承知しています。

だから一層こんな普通の日々が愛しく・・・ぜ~んぶ食べつくします!

今日は珍しく朝から柔らかな雨…どこもかも濡れそぼって一段と秋が深まります。

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仕事場を整理していたら短期留学と称してイタリア滞在時の日記が出てきました。

20年前秋出発してクリスマス迫る12月の只中に帰国・・・

その年の秋早期退社希望の夫を脅すように虎視眈々と計画通り、結婚を取り止め家に戻って来ていた娘に家事を丸投げし長期滞在を実行したのでした。

「みんな有難う!」は「みんなごめん・・ね」です。

あの時帰国直前のパリでひどい風邪に掛かってしまっていたのですが、

私は長期留守の穴埋めをしなければと慌ただしい季節を迅速で追っかけました。

そこにフランスから娘婿の一家の滞在に実家の父の末期がん宣告・・・好き放題やった後「体調が…」なんて言える状況ではなくなりました。

結局無理がたたり、その後一年病床に就く事になりました。

その後私の体調が戻るのを待って夫は念願の早期退社と約束だった二人一緒の長~い旅に出た後、

私は見切り発車のまま帽子を猛然と作り始めた次第です。

そんなこんなでイタリア滞在中に書いていた日記の事はポンと何処かに置き忘れていたのです。

そしてコロナ過で仕事のない今…アトリエの整理をしていて出てきたのが20年前の「イタリア滞在記…」です。

あの時独り長旅をしていた彼等3人の若者と異国の街で出会いました。

それぞれ自由とある寂しさを背負ってた所為か偶然という軸であの時私達は家族のようにひと固まりになって・・・

彼等との経緯、関わり…日付を追って読んでいるとあの頃の情景が昨日のように浮かんできます。

旅先で出会ったもの同士…いろんな話はしても野暮な住所交換なんてしない。だってそこは日常からエスケープした特別な場所だから。

若者だった彼等にも20年の歳月が流れたわけだ。

彼等もあれから日常にもどり・・・人生から切り放たれたあの日々の事を思い出す事もあるだろう。

切なさと懐かしさで胸が一杯になりました。

このコロナ過で長い長い起伏のない時間にふと迷う混んで来たこんな想い・・・

いろんな旅で会った若者達・・・ありがとう…私はこんな素敵な時間を過ごしてきたんだ。

秋の陽は静かに夕なずんで・・・こんな感慨が過りました。

 

 

 

 

 

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