怒濤の8月はコロナで幕を閉じた…。
高松と青山の展示会を終えて…いよいよSの散骨。私の前半の仕事が終わるのを待って…彼等の家族が眠っているあの海へ再び船を出しました。真っ白な粒子となったSの遺灰の一部は用意した私の香水瓶の中で我が家で眠ります。そしてもう一つ…僅かな遺灰を和紙に包みました。彼女との約束通り今秋サントリーニに行って、彼女がもう一度行きたい…と切望したあの海へ流してきます。Sが人生で一番楽しかったことは私達夫婦と出かけたあの旅!と言っていたっけ。「だからもう一度…来年は…もうないよ」それで彼女の言葉を受けて今秋行くはずだった。それは叶わなかったけれど…私は連れて行きます!今度はSと互いに無垢な同種?のDと一緒です。
Sは手を広げて「この世界にYちゃんがいれば何も怖くない!」とよく言っていた。母のような姉のような…私は本当に彼女の愛に包まれていた。大きなその愛の上にどっかと居座ってふむふむ言っているのが私だった。Sが逝って…これからも私は私だけれど、居心地の良いソファに寝そべるあの時間はなくなったのだと感じている。頼られていたはずが…頼られていることでしゃっきりしていた自分の居場所探しを今私はしているのだろう。リーディングで歌を歌いきって天高く登っていったSの美事さ、無償の愛に深く感謝している。
先月、前半の全ての仕事を済ませば後はSの初盆に向けてまっしぐら!もう身寄りのいくなったS夫婦には私達家族が「家族」なのです。我が家の子供等がそのために宮崎に集結…我が家と交互にその長期滞在が待っている。小学校の休みが始まるとすぐに第一弾が来るはず…その前に私にはしなければならない事がある。例年この月に一緒にやっていた互いに8月生まれのS夫婦の誕生日、今回は彼女の初盆と独りとなってしまった彼女の夫H氏の誕生日も兼ねている。だからSを愛して止まない私達家族は愛を込めて特別の贈り物を彼にしようと皆考えていた。
パリに住む長女からはいち早くその贈り物が届いている。この長女は彼等夫婦に随分可愛がって貰った。その娘が夫Rと初夏に二人モロッコを周遊した時のお土産に加えて一冊の冊子。黄色い表紙を開ければ台詞のないシンプルなタッチの絵本…無言劇は未だ哀しみを抱えてあれ以来ソファで眠るというH氏へのオマージュ。彼が寝ている間に飾られた写真からSが抜け出して…30年近く前に逝ってしまった一人息子のN 君も呼び出した。彼女はH氏へ布団をかけ直し、大好きだった花を変え、あれから飼い始めた子犬「Sちゃん」と広い庭で遊んで朝が白み始めるとあの海の一望できるデッキに佇んだ。彼女は私が設計したこの家をこよなく愛してくれた。そして朝のしじまの中で、彼女はまた写真に戻っていく。彼の知らぬ間に繰り返されている彼女の愛…「きっと、そうだよね…」台詞がない分だけ泣けた。
我が家に一番乗りの末娘一家。まだ四歳児(この孫娘のことをSは私の再来!と言って楽しみにしていた。)と小学生を連れての逗留…日々余りに多忙でH氏へ送るつもりのオルゴールは未完成のまま…この我が家で逗留中に仕上げる予定だ。何せ凝っている。オルゴールに合わせ、うっとりとしたSとH氏が踊っている…その舞台それごと作るつもりらしい。ダンス二人踊って動く部分が重すぎてオルゴールとの連動が難しいらしい。それが妥協の末要約できるようになると…今度はその舞台を作るという。大がかりな誕生日プレゼントだ!そんなこんなで我が家のリビングは幼い孫や娘の工作教室と化してしまった。子供等は工作に飽きると中庭に設置した大きなプールで大騒ぎ…喧噪の夏が始まった。私は完全に給食小母さんとなってたまさかの彼等の帰省に夜ごと腕を振るう。
こうなるのが分かっていたので…彼等が到着する前に私はH氏への贈り物は作り終えていた。それは…何時も「側にいるよ…」と彼に感じてもらえるSの人形だった。それなら任して!…と写真を見ながら粘土を重ねる。あれっ⁈こんなにほほ肉着いてたっけ⁈なかなか似るもんじゃぁないなぁ。眉間の皺を最後に入れてようやく本体が完成すると、今度は彼女が好んできていた服のコピー制作。靴にアクセサリー、指輪にイヤリングも付けて最後に彼女がよく被っていた小さな帽子で完成!あぁ、Sちゃんだ!これから四季折々、彼女がよく着ていた服のコピーを作り、着せ替えて、H氏に「いつも一緒だよ…」と感じて欲しいのだ。おまけに…H氏にお手製のシャツまで作ってしまった。
三女Mの方は舞台も遂に出来た。アンティークなホールに灯りが点って…音楽に合わせてH氏に抱かれてSがうっとりしながら踊っている。それにしても何て労作!ばんざ~い!
次女は布地からオリジナルな物を創り…それでH氏が何時も愛用しているハンチングを作った。「え?えぇ…そんなのをあんた達が作ってるなんて知らなかったから…」長男一家はH氏へお洒落な海外のサンダルを持ってきていた。彼からは以前、銅と鈴を張った手作り杯が献納されているから、それで充分…。
こうしてパリ以外の我が家のメーバー14名が日南に集結し、一夜は外呑み、二日目は彼等二人の誕生日会!奮発のケーキの蝋燭を彼に消して貰った後…いよいよ私達のH氏泣かせのプレゼントの手渡し…。先ず長女からはただの携帯ビデオで参加して貰う…こんな事が出来る世の中になったんだなぁ。(昔々、長女が学生としてパリにいた頃、そこに住む恋人と恋のもつれで日本に帰省中、自分の部屋に籠もって毎日長距離電話…。翌月28万円の請求が来てびっくり!20万円は怒ってもちょうど出たボーナスで仕方なく埋め合わせするけど、せめて後の8万円はアルバイトをして返せ!と言い、その後取り返した事がある)
我が家は私を始め子供等は皆工作好きであるけれど…皆よくやるなぁ。この初盆に参加した60年来の夫の友人、独り者のY氏(ほぼ我が家族!)我が家の子供等を小さい頃から知っているので、嬉しくってその夜のりのりで一番燥いでたなぁ。あの夜、よく笑いました。歌いました。Sちゃんが逝ってしまって悲しいけど…「でも絶対ここにいるよね?」そんな気配に満ち満ちていた夜でした。
今年の一大イベントが終わって…もうくたくたでした。前半の仕事を終えた途端、休み無しで日南と鹿児島を往復し、皆が逗留するこの一ヶ月…日々大量に買い物して毎夜じゃんすかお料理して、あっち行ったりこっち行ったり…後期高齢者はよく働きました!流石にこのひと月は早朝散歩取り止めで、猛暑か豪雨雷の二者択一の夏の日々の中で我が家の雑草伸び放題です。後に残った次女一家を先日見送った翌日、夫と互いに「お疲れさま…あぁ二人が良いね」とソファで手足を伸ばした夜…まさかの高熱⁈コロナでした。一晩で3キロ痩せたというのに夫曰く「後一晩熱出たら6キロ痩せだね…」そう…こっちはコロナというのにきっちりお腹のすく彼は「簡単で良いよ…」前のコロナの時もそうだったが、夫のこのご慈悲?で私は毎回キッチンに立つ。私がこの男に遂にぶち切れて罵詈雑言の雷が落ちるまで彼の底なし沼の甘えは続く。