溶けてくこころ・・・

7月の展示会続きの4人旅から帰って・・・8月はあの怪獣たち2匹?のお預かりが設定されていました。昔モーリス センダックの「かいじゅうたちのいるところ」って絵本を子供等に読んであげたなぁ。今回の孫二人だけの帰省はシングルマザーとなった娘にとって身に余る孫たちからのしばしの解放?でした。DNAを遡ればハーフである彼等の中に何れをとっても脈々と激しい血が流れています。「ママにそうされなかったから、私は子供を抱きしめて育てたい・・・」そう言った娘が「メンタルやられたから・・・彼等からしばしエスケープしたい!」という。コロナで4年間行き来も出来ず・・・そのコロナもそろそろ落ちついた今、恋人のいる彼女は二人っきりでゆっくり過ごしたいのだろう。「三週間は駄目?」9月に展示会を控えた私にそれは無理!こっちが譲歩して11日間で折り合いがついたけど・・・私の夏休みは?!

その怪獣たちがやって来るまでやる事やってなくっちゃ・・・彼等が来たらもう何も出来ないだろうとがんがん仕事を詰めました。そして空港に彼等を迎えに行って・・・怒濤の二週間でした。

高校生になった上の子は小学高学年で2年間の不登校に・・・幼い時からの不安定な家庭環境も要因になったんだろうと察します。この上の孫娘Aがまだ二歳過ぎだった頃から時折里帰りしてはしばし実家である我が家に長逗留をしていた時・・・母親の涙をお絵かきしながら横からちらちら見ていたAの表情が忘れられません。夫婦で長い不協和音を繰り返しながらようやく娘に踏ん切りがついて・・・娘と孫娘たち二人の暮らし、シングルマザーのスタート。今の時代、よくある話でもありますが・・・子供には大きな負荷が掛かったのでしょう。不登校になってしまった子が2年を経て学校に行くことを自分の意志で選び、それでも級友たちとはコミュニケート取れないままでしたが・・・今年高校入学を果たせました。コロナという物理的な隔たりで私達と行き来も出来ないまま・・・遠くから心配をしていました。上のAには高校という新たな環境で「心機一転!」と励まし・・・問題はその下の孫娘にもあり!なのです。

とにかくKは激しいのです。工作好きな唯我独尊のこの娘は絶対謝らないのです。5年前、我が家に二人でやって来た孫娘たちを連れて友人等とキャンプに行った時・・・絶対言うことを聞かない!謝らない!当時一緒だった友人等皆をコテージから出し、この6歳の孫娘と向かい合って私のどでかい雷が落ちました。千葉に移った彼等の家でも・・・その時も私はこの気の強すぎる孫娘が泣くまで説教しました。優しいお婆ちゃんなんかじゃないのです!今年の夏が・・・あれ以来です。私からあの頃たんと説教された当時7歳だった下の孫娘Kも6年生に・・・身長は私を遙かに超えて・・・もう60㎝を超えています。そしてあの生意気さもあれから遙かに超えていました。

彼等には一人息子を若く亡くし日南に移り住んだ子供好きの友人夫婦が優しいじぃじ、ばぁば。で私と夫はタクとヨーコ・・・彼等が生れた時からそう呼ばれています。今回は夏休みを取りたい母親から依頼を受け、その彼等は我が家に合宿!?我が家はお爺ちゃん、お婆ちゃんなんて甘っちょろい所じゃない「鬼軍曹は手ぬるくないぞ!」彼等にはそうすり込まれているはず・・・私の方は仕事を完全封印でカリキュラム敢行です。そこに「会いたいよぉ・・・」と我が友人等もやって来ての今年の夏の祭典でした。

初日、静かな湾奥に沿って桜島までのドライブで久しぶりの互いを計る・・・下の方Kは正しく生意気怪獣に!十数年前アレフ?の宗教問題が起こった時「ああ言えばこう言う・上祐・・・」とギャグが流行ったことがあったっけ・・・正しくあの上祐?です。Kの場合、あの屁理屈をもっと高圧的に不機嫌にした感じ・・・でしょうか、それが私達の孫娘の一人なのです。当初、のっけからそのもの言いに呆れしらけて「でも本気で向かい合わなきゃ・・・」と気を入れ直して完全密着・・・戦の始まりです。美味しいもの一杯作って楽しいこともガンガンやって・・・悪かったら本気で叱ろう!それが決意です。

下のKはある朝私からとうとう家を放り出されました。というより引きずり出されました。朝から不愉快をまき散らす物言いに注意しての結果です。一旦出された孫娘Kはお昼になっても帰ってきません。けれどリビングから見える窓の向こうの河川敷の堤防の上に彼女が見え隠れしてました。何処にも行きところがないKの、それでも謝りたくはないけど「ここにいるよぉ」の狼煙です。だから上の孫娘Aに水補給をかねて伝達に・・・けれど彼女はスマホ見ながら謝る気はないそうです。夫が呼びに行っても「謝りたくない・・・」らしい。お昼も帰ってこず、故に一食抜き!その内・・・上の孫娘Aが様子を見に行って「謝りたくないけど・・・何だか疲れてるみたい」と。夕方近く・・・友人がやって来ました。明日は皆でキャンプ代わりのイベントとして美味しいイタリアンを食べた後ボーリング大会!の企画です。だからそのどさくさに紛れてこの戦闘も一旦停止。私が「取りあえず和解の儀式。にっーと無理しても笑え!」と強要すれば小さくにっー。ここからが大したもんです。もうけろり!上の娘Aが呟いた。「ヨーコ、河川敷の苔にKが書いた落書きがあった・・・」それで見に行くその堤防に大きく「帰 ら な い」と書かれてありました。お見事です!その後は私達の友人等と歌を歌ったり・・・けろりと帰ったけど・・・ね。その横にもう一つの落書き・・・3年前我が家に里帰りして二人目を産んだ末娘の子供等の名前です。あの日私が思い付きで上の男の子の愛称を苔に落書きして・・・私と末娘と孫の三人その堤防に寄りかかって風に吹かれながら夏の夕暮れを楽しんだ。翌日その下の孫娘が生れたのです。後日、私はその孫娘の名を並んでまた書き足しました。不思議ですね。苔って一度小石で落書きされた後、あれからもう三年も経ったのに湿気があればくっきりそのまま蘇るのです。だから今、我が家の前の堤防に二人の孫の名と並んでもう一人の孫の怨念のように「帰 ら な い」が浮かび上がるのです。

もう一人の孫Aのミッション、一旦手を離した糸をもう一回自分で繋ごうとした孫娘A・・・私達はこのAの心の内に沿いたいと思っていました。彼女は書くことが好きだという・・・彼女の手書きの物語を何度かもらったことがあったっけ。だから今回私がパソコンで文章を書く事を教えるとすぐに何かしら打ち始めました。1,2ページ書くと「ねぇ、見て・・・」とAが言います。読んで良いの?そう言いながら目を通すと彼女の学校に行けなかった頃の心情が「ある少女」として書かれているのです。夫と目配せ「良いねぇ・・・これ、もっと書いてみれば?もし長いお話が書けたら本として装丁しようよ・・・」そう言うと彼女の目が笑いました。そして「もっと、書いてみる!」と。それから三日ほど・・・Aはひとつの物語として書き上げました。どこかまだ幼さの残った16歳の娘の書いた物語・・・それは遠い新潟?の祖母の家に行く事でわだかまりが少しづつ解けていくという小説とは言えないけれど等身大の物語です。学校に行かなかった、否、行けなかった子の心理をのぞき見た想いでした。「本だとタイトルも付けなきゃ・・・」私がそう言うとしばし置いてAは「溶けてくこころ・・・」と言いました。

最後のミッション・・・帰る日の前日、Aの書いた物を本として紙を選び印刷。私が末娘から習った通りに、まず表紙になる生地を選び装丁までの工程を順追って指示・・・小半日してようやく赤い布張りの本完成です。表紙には夫が和紙に「溶けてくこころ」と書いてくれました。自分で作った初めての本!・・・Aが嬉しそうです。帰りの空港で・・・あんなに元気になって燥いだりしたAが搭乗手続のため見送りの私達から離れ、4歳年の離れた妹の後ろにいておずおずと不安げです。この子・・・スーパーに行った時も売り場を探しながらこんな表情したっけ。「係員の人に聞いてごらん?」何気に言った私の言葉で急に顔を曇らした。見知らぬ人と話をするのがまだ苦手なのだ。感性の良い文章を書きながらまだ幼さが残るような無邪気さ、一方些細な事で不安に染まる・・・そのどちらもAなのです。この不安が「溶けてくこころ」に繋がるように・・・見守りましょう。

こうして二週間弱の彼等の合宿?は終わりました。空港までの帰りしな、随分私に叱られたKも「今度はもっと長くいたい!」と。だから私が呆れて「もう今がマックス!これ以上いるって事はKはまだ2,3度はヨーコから家を出されるかもよ」と言えば「それぐらいなら我慢できる!」と宣う。だから「こっちが我慢出来ないの!」と応戦・・・不思議です。この孫娘のあまりの怪獣?ぶりに一瞬、もうしらっとしたまま我慢して過ごそうかと過ったのですが・・・それじゃいけない!きちんと向き合わなきゃとこちらの性根を据えて向かい合えば、ただでさえ癖ある4人の子等と暮らした時間・・・あの子育て時代が復活しました。ぶつかって笑って泣いて・・・愛は生れるんだと再認識です。一回こっきりじゃ何にもならない・・・何遍も繰り返し繰り返しでなくっちゃ伝わらないのも分かってますよ。エールは送り送り返されるもんだ。

またたおやかな日常がやって来ました。良いねぇ・・・ゆったり自分達の暮らしです。早朝の松林を潮風に吹かれながら散歩して、日中はお仕事・・・夕暮れが迫ればいそいそと夕餉の支度、酒の肴並べて・・・美味しいビールで二人乾杯!です。夫はおもわゆい夢を見たそうな。どこか場所は分からないけどちょっと気になるフランス女がステージで唱ってる・・・唱いながら自分に気のある素振りを送ってくるのだと言う。そこで彼にもわもわっとした気持ちが生れたんだけれど・・・「あっ、しまった!入れ歯を入れてなかった!」と焦った夢・・・彼は最近前3本の歯が遂に入れ歯になってしまったのだけれど、どうも違和感がある・・・と外出以外はずぼらして外してるらしい。つい最近も出先で入れ歯を入れてこなかった事を思い出し無口になっていたことがあったっけ。それでそんな夢を見る?です。一方最近同時に携帯を替えた私達、新しい機種になって夫はこっそり前の私の恋人の名前を探したらしい。「載ってないんだ・・・ね」だって・・・それって50年も前の話です。人に嫉妬するくせに自分は調子いい夢を見るんだなぁ。とにかくまた平和な私達の暮らしが戻ってまいりました。もうすぐ福井の展示会です。

 

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